松浦俊介Top「日記・コラム」ダイジェスト>平成15年7月12日(土)

「長崎の12歳の少年」と「鴻池大臣の発言」



種元駿ちゃんを殺した犯人が
なんと12歳の少年。

視察先の秋田でニュースを見て
驚きおののいた。

駿ちゃんの両親は、
中学生といえども極刑を望むとコメント。

未成年者や
精神的に自己判断が出来ない状態であると
罪を問われなかったり、軽減される。

犯罪被害者の心境を考えれば
殺した相手が子どもだろうが
極刑を望むのは当たり前だ。

昨日、鴻池大臣が少年の親を
「市中引き回しの上、打ち首にすべき」
というような発言をしたが、
もちろん本気でそうしろ言っているのではないだろう。
問題は、少年が責任を取れないのなら、
誰が責任を取るのだということだ。

それを鴻池大臣は親の責任だと言っていることが、
発言の本質だ。

私は鴻池大臣の発言は、筋が通っていると思う。
もちろん打ち首のことではない。

子どもの責任は、親の責任だ。当たり前である。
たしかに自分の子どもだからといって
100%子どもの気持ちや行動が分かるわけがではないが、
自分の子どもが人様に迷惑をかけたのなら、
監督責任者である親が責任をとらずして、誰が取るのだ。

私には子どもがいないから、こんなこと言っても、
ぜんぜん説得力がないのだが、
自分に子どもがいて、このような事件がおきたら、
鴻池大臣流に言えば、
「自分の子どもを打ち首にし、親の責任として切腹」
といったところか。

さしずめ思うのは、この子に兄弟がいれば
このような事件がおきなかったかもしれないと感じる。

身近に一緒に感じたり、干渉したり、けん制できる人間が
いるといないとでは、やはり違うと思う。

両親が子どもに対して目が行き届きづらい時代になったからこそ、
兄弟姉妹の重要性は大きいと思う。



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