松浦俊介Top「コラム」ダイジェスト>平成16年2月27日(金)

「麻原彰晃」地裁で死刑判決



麻原彰晃の東京地裁での判決で死刑が言い渡された。
まぁ、当然といえば当然だ。死刑より重い刑があればとも思う。
死刑廃止論者も言い分も、彼の起こした犯罪の前では説得力が薄れてしまう。

私は、地下鉄サリン事件のとき大学3年生だった。
事件前日、私は後輩と後輩の彼女と夜遅くまで遊んでいて、
ずうずうしくもその後輩と調布にある彼女のマンションに泊まっていった。
翌朝、寝ているところを後輩に怒鳴られた。
「松浦さん!地下鉄が大変なことになっていますよ!!」
テレビを見たら、報道特別番組をやっていて、道路が封鎖され、
救急車が列をなしている上空からの映像が流れていた。

私は直感的に「これはオウムがやったな」と思ったことを覚えている。
当時、私は世田谷区に住んでいたのだが、
うちの近くの世田谷線の沿線にオウム真理教の世田谷道場があった。
3階建てくらいのビルの1階にあり、道路に面したガラス窓には
大きくオウム真理教という白い文字が書いてあった。
別に見た感じ普通のオフィスのように見えた。

その後、テレビでときどき、この世田谷道場の前から中継などが行われたが、
いつの間にかその世田谷道場はなくなった。
1995年の春は、自分の将来について考えだした頃だ。
教団幹部が逮捕されるなど、連日、オウム事件の報道と
超氷河期と言われた就職活動が友人同士の話の種だった。

あれから9年。あっという間の気がするが、被害者や遺族からすれば、
長い9年間だっただろう。
刑が確定するのはいつになるのかな。
その頃私は、何をしているんだろう?



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