松浦俊介Top「コラム」ダイジェスト>平成16年7月11日(日)

杉原千畝さんとイスラエルの国際法違反



昨日の夜、杉原千畝の演劇を手掛ける劇団銅鑼の
田辺素子さんの講演をポスタルサロンで聴く。

田邉さんは、知的で親しみのある方で、
その話し方から杉原さんと演劇に対する
誠実さが伝わってきた。

杉原千畝がメジャーになったのは
1991年に日本テレビの「知ってるつもり」で
取り上げたのがきっかけで、
劇団銅鑼もこの頃から「センポ・スギハラ」と題して
公演するようになったそうだ。

その後の映画「シンドラーのリスト」がヒットしたときに、
日本のシンドラーとして、大きく取り上げられ、
日本でも話題になった。

千畝さんの奥さんは、幸子さんとという方で
沼津市の出身で下香貫に住んでいたという。
お父さんは、高校の先生で
沼津商業高校でも教鞭をとっていたという。

千畝さんは、誕生日が1900年の元旦という大変おめでたい日に
生まれた。
出身は、岐阜県八百津町。
幸子さんとの出会いのきっかけは、
友達の妹だったからだそうだ。

幸子さんは、当時の女性としては珍しく、
物事をはっきりと言う人で、
結婚には否定的だったらしい。

にもかかわらず、千畝さんが幸子さんを口説いたのは
当時すでに外交官だった千畝さんが、
外交官の妻として、幸子さんを外国に連れて行っても
恥ずかしくないと思ったからだという。

それから語学・テーブルマナー・テニスなど猛勉強したという。

千畝さんは、戦後ロシアに抑留され、
47年に帰国も国の方針に反して
ユダヤ人にビザを発給した件で外務省のリストラにあう。

以前、この日記でも取り上げたが、
レバノン大使の天木さんみたいだ。
(2003年11月16日「外務省暴露本」)
http://www3.diary.ne.jp/logdisp.cgi?user=321783&log=20031116

その後、千畝さんは商社のモスクワ事務所長として働き、
1986年鎌倉で亡くなったという。

6000人もの命を助けたのだから当然ではあるが、
イスラエルでは英雄である。
勲章や「諸国民の中の正義の人賞」という賞を受賞しているという。

千畝さんは、天国で今のイスラエルをどう見ているのだろうか?
9日に国際司法裁判所は、イスラエルがパレスチナ過激派の
テロ防止を目的にヨルダン川西岸で建設中の「分離フェンス」を
国際法に違反しているとし、
撤去義務やパレスチナ側への賠償義務があると判断が下されるという。

イスラエルがパレスチナ領内に
パレスチナ人の移動を制限するために作っている
この壁を、第2次大戦ユダヤ人が閉じ込められたゲットーと
例える人もいる。

参議院議員でイスラエルのエルサレム・ヘブライ大学大学院で
国際政治を研究していた榛葉賀津也さんが言っていたが、
中東問題は西洋諸国より日本の方ができることは多く、
「俺がそれをやる」と豪語していた。
日本が、イスラエルとパレスチナの仲介者になれたら
ほんと素晴らしいことだと思う。

杉原さんは、当時ドイツと同盟していた日本政府を無視して、
ユダヤ人のために命のビザを発給した。

当時はスタンドプレーでも、
今では、日本政府からその名誉も回復され、
誰もが認める英雄である。

また、杉原さんのような外交官が出てきて欲しい。



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